始まりの日(閲覧注意)
★注意書き★
・この話は、「玉蘭の咲くころ」(カテゴリ“小鉄&狭霧”)のその後の話の
恋愛ヴァージョン
です。
・尚且つ、オリジナル設定満載です。
以上のことをご了承のうえ、読む読まないの選択とその結果については、例によって自己責任(品質・内容の保証はできません・・・)ということでよろしく~w
★★★★★★
「ただいま・・・」
坂口の家から戻りアパートのドアを開けた狭霧は、玄関に置いてある一輪挿しに、出かけたときにはなかった白い大きな木の花が挿してあるのに気が付いた。見覚えのある大きな花弁を持つ純白の花は、日本で通常呼ばれる名前のほかに、何だったか、中国で呼ばれるという美しい名前を持っていた。
「お帰り。早かったな」
居間にいたらしい小鉄がそう言って現れた。その顔を見て、狭霧は花の中国での名前を思い出した。そうだ、確か玉蘭と言ったはずだ。
「これ。どうしたんだ?」
狭霧が一輪挿しを眼で指し示して聞いた。
「ああ、さっき大家さんからいただいたんだ。沢山手に入れたからお裾分けだそうだ」
アパートの隣に住んでいる大家は花好きで、自宅の庭にも様々な種類の花木を植えている。知り合いの花好き同士で、自分の庭の花を贈り合ったりもするらしい。大家の庭に玉蘭―白木蓮の木はなかったはずだから、多分誰かからもらったのだろう。
狭霧は、一輪挿しの白木蓮の花を見、ちょうど一年前の日のことを思い出した。
― そうか、あれからちょうど一年経つんだな・・・
狭霧が一年前の記憶を思い起こそうとしていると、小鉄は隣に来て、さりげなく狭霧の肩を抱いた。そのごく自然な振る舞い方と、互いの距離の近さが狭霧はなんだか気になった。
狭霧は、肩に置かれた小鉄の手に気が付かないふりをして小鉄から離れ、居間へ移動した。
小鉄もすぐ後を追ってきた。
「・・・坂口さんへの挨拶は済ましたのか?」
ちゃぶ台を挟んで狭霧の向かいに座りながら小鉄が聞いた。
「んー、おっさんはいたんだけど。一乃介さんが箱根に帰っちゃってたんで、日を改めることにした」
10日ほど前、狭霧は1年とちょっと、小鉄は3年間過ごした三葉学園を無事卒業し、1年近く一緒に暮らしたアパートを引き払い、4月から別々の進路を進むことに決まっていた。小鉄は、何と1年飛び級して受験し受かった都内の超有名大学に進む雪也と同じ大学に通うため、徳成邸に戻ることになっており、狭霧も同じ大学に受かったものの、入学はせずに一旦甲賀へ戻ることに決めていた。戻ってどうするのか、そのまま正式に長として里で務めを果たしながら過ごすのか、それとも東京に再び戻って雪也たちと同じ大学へ通うのか、まだはっきりとは決めていなかった。ただ、卒業後は一旦甲賀へ帰る。それだけは、卒業前から確かなこととして自分の中にあった。それ以外、将来のことは未だ茫洋としていたが、その中でも何となく自分がやりたい方向性というのは見えていた。後は、どういった道筋を選ぶのかという問題だけだった。
もっとも、卒業後の進路を決めるまでに、紆余曲折がなかった訳ではなかった。アメリカへ行かないかなんて誘いもあったし、最終的に甲賀の里へ戻ることを決めたにしろ、そこに至るまで多少のすったもんだがあった。そして、その中で小鉄との間に起こったことを改めて思い出し、狭霧は顔が赤らむのを感じた。
「狭霧?どうかしたのか?」
小鉄が、そんな狭霧の様子に気が付いて聞いた。
「う、ううん。何でもない」
狭霧は小鉄と視線を合わせるのを避けて眼を伏せた。小鉄の訝し気な眼差しが感じられたが、狭霧は顔を上げられなかった。乳兄弟で幼馴染で、長い間一方的にコンプレックスを抱いていた相手。わだかまりが解けてみれば、誰よりも近くて側にいるのが当たり前の存在だった。そのことに気が付いたあの日。香落渓の仮住まいの庭で満開の白木蓮を二人並んで眺めたあの夜から一年後の今、こんなことになってるなんてあのときには想像もしなかった。
気が付くと、小鉄がちゃぶ台の向こう側から隣に来ていて間近からこちらを見つめていた。
「な、何だよ」
小鉄が移動する気配に気が付かなかったため、狭霧は少し驚いて後ろに後ずさるようにして聞いた。小鉄はなんだかやけに真面目な顔つきをしていた。そして言った。
「今日から解禁なんだ」
「解禁?」
「18歳になったから」
「お前が18になったのは1月だろ」
狭霧の指摘に、小鉄は真面目な顔を崩さずに言った。
「俺じゃないんだ」
「なんだそれ」
小鉄との問答がおかしくなったらしい狭霧はそう言って笑った。
その笑顔が眼に飛び込んだ瞬間、胸に甘い痛みを伴った振動を小鉄は感じた。それは、子犬のようにじゃれあっていた子どもの頃からずっと見つめてきた、小鉄の好きな笑顔だった。成長するにつれ、狭霧から少しずつ失われていった。その同じ笑顔を浮かべた狭霧が自分のすぐ隣にいる。
笑っていた狭霧がふと顔を上げると、小鉄の顔がぐんぐん近づいてきて、笑みが残った唇に小鉄のそれが触れた。
押しのけたり、逃げたりはしなかったが、狭霧はちょっと怯んで身体を引いた。逃げ腰になる小柄な身体を、小鉄の腕が素早く捕らえて抱き込んだ。小鉄からキスされたのはこれが初めてではなかったが、やはりまだ全然慣れなかった。しかし、始めはそっと触れる程度だったのが、段々熱を帯びたものに変わってきたのを感じ、狭霧は慌てて腕を突っ張って小鉄から離れようとした。
「解禁て、こういうことかよ・・・」
狭霧は赤くなりながら、自分に身体を近づけた小鉄の胸を両手で押した。心臓の当たりに手が触れたとき、その胸の鼓動の高鳴りをはっきりと感じ、驚いて思わず相手の顔を見つめた。だが、先ほどの情熱的なキスが嘘のように、小鉄の表情は普段と変わらなかった。
器用な奴だ、と狭霧は半ば呆れながら言った。
「お前の心臓、すごくドキドキ言ってるぞ」
だが、小鉄はやはり平静な表情をしたまま、こんなことを言った。
「お前に触れているからな」
そのセリフに、今度は狭霧のほうが全身かっと熱くなった。
― また、こいつはこーゆーセリフを・・・!
小鉄の身体を思いっきり押しのけて距離をとると、狭霧はそっぽを向いた。形の良い後頭部の下に覗く細いうなじまで真っ赤になっているのが見えた。
「狭霧、お前、首まで赤いぞ・・・」
そう言った途端、小鉄は狭霧から振り向きざまに思いっきり殴られた。
「誰のせいだ、誰の!」
赤くなったまま、怒って狭霧はそう怒鳴った。
小鉄は殴られた頬に手を当て、怒った狭霧の顔を眺めながら、何だか笑いだしたい気分になっていた。狭霧と暮らすようになってから1年足らずの間に、何度こんな風に怒らせただろう。
狭霧は小鉄を殴ったことで気がすんだのか、気を取り直したようだった。まだ少し赤い顔で、小鉄から眼を逸らしながら、ぼそりと言った。
「・・・何で、18歳なんだ?」
「え?」
一瞬意味が分からなくて聞き返した小鉄に、狭霧は、怒ったような気まずいような顔で振り向いて言った。
「18で解禁って言ったろ」
「それは、えーと・・・」
思いがけない狭霧からの問いに、小鉄は答えを探すふりをして言い淀みながら、目の前の、辛うじて高校生に見えなくもない実年齢より3、4歳幼く見える顔をつくづく眺めた。実際、一年前の狭霧だったら、自分が犯罪者に思えたかもしれない。だが、それを狭霧に言ったらまた殴られるのは確実だった。
「選挙権はまだないからな・・・」
返答に困った末、返事にならない返事をして、小鉄は我ながらまずかったかなと思っていると、案の定、狭霧はピンときたようだった。小鉄を不審そうに見やると、こう指摘した。
「小鉄。お前、また良からぬことを考えてるだろう」
図星だったので小鉄は賢明な沈黙を守った。
「大体、今更なんだよ?これまでだって、お前、勝手にしてただろうが」
小鉄との、これまでのあれこれを思い出したらしい狭霧は、鬱憤を晴らすかのように文句を言った。
尤も、小鉄としては、キス以上のことをした覚えは全くなかった。
― まさかキスで終わりだと思ってるわけじゃないだろうな・・・?
見た目と違って、中身は年齢相応というより早熟なほうの狭霧だったから、18にもなってその方面の知識がないとは思えなかった。
狭霧は自分とのことをどう思っているのか。小鉄は自分の恋路の先行きに一抹の不安を覚えた。
― 前途多難かもしれない。
いつの間にか隣に戻った狭霧が、黙りこんだ小鉄の顔を訝しげに覗き込んでいた。先ほどまでの怒りは消え、無防備なくらい警戒心のない表情をしている。その顔が、ふと幼い頃の狭霧の顔と重なった。
「・・・まあ、いいか」
「何がだよ?」
急に黙ったかと思うと自分の顔を見て一人で納得しているらしい小鉄に、狭霧が不満気に聞いた。
「赤ん坊の頃のことを思い出してた」
「は?」
「二人で揺り籠に寝かせられてた頃」
「・・・益々意味分かんないって」
狭霧は知らないのかもしれない。小鉄は自分の母親から聞いた話を思い出していた。
― お前は手のかからない赤ん坊だったわ。狭霧と二人で揺り籠に寝かせておいても、いつも機嫌良く大人しくて。けれど、何かの理由で、狭霧が隣からいなくなると、決まって火が付いたみたいに泣き出したわね・・・
母の言った言葉を思い浮かべて、小鉄はくすりと笑いを漏らした。赤ん坊の頃からとは、我ながら年季が入っている。
狭霧はそんな小鉄を咎めるように見て、
「大体、お前は説明が足んなさ過ぎなんだよな」
と、なかなか痛いところを突いてきた。
「その癖、行動に出るときはいきなりだし」
ご尤もな意見だったが、さりとて本当のところを言って狭霧に殴られない保証はなかった。ともあれ、ちゃんと言っておくのも悪くないかもしれない。小鉄は狭霧に殴られるのを承知で言ってみる気になった。
「・・・説明なら一言でつくぞ」
「え?」
小鉄は聞き返す狭霧の耳に唇を寄せてその言葉を囁いた。途端に再び真っ赤になった狭霧が小鉄に向かって拳を上げかけた。
小鉄は自分に殴りかかろうとする手を抑えて掴むと逆に引き寄せた。慌てて振りほどこうとする狭霧をしっかりと捕らえ、その唇に、今度は優しいキスをした。
(了)
4コメント
2017.03.06 12:44
2017.03.05 13:46
2017.03.05 02:25