こうして誤解は広まった
「え、三太が?」
一乃介の話を聞いた千乃介は思わず声をあげた。何と、狭霧が誰かから薔薇の花束を持ってプロポーズされたのだという。
「兄貴、それ本当の話なの?」
「ああ、おやっさんがそう言っていたからまず間違いはないと思うが」
「三太は何て?」
「いや、流石に本人には面と向かって聞けないからな。だが、電話の様子ではかなり悩んでいる感じだったな」
「うーん・・・」
一乃介の言葉を聞くと千乃介は腕組みをした。そして、受話器を取り上げると、番号を回し始めた。
「千乃介、誰に電話をするんだ?」
「矢島。・・・兄貴を疑う訳じゃないけど、どーも、眉唾な気がするんだよね、その話」
矢島はすぐに電話に出た。
「え?剣望くんが?」
矢島は千乃介から話を聞くと驚きの声を上げた。
「兄貴が坂口のおじさんがそう言ってたって言うんだけど・・・やっぱり、あんたも知らないのか」
「知らないよお。やっだなー、剣望くんたら、あたしらにも内緒で一人で悩んでいるなんてみずくさいじゃあないか!おっと、こうしちゃあいられない。早速、皆に広めなくっちゃあ!教えてくれてありがと、千ちゃん。またねー」
矢島はそう言うと慌ただしく電話を切った。
受話器を置いた千乃介に一乃介が聞いた。
「千、どうだった?」
「いや、やっぱ矢島も知らないみたいだったけど・・・」
「そっか、まだ皆におおっぴらに話せる段階じゃないのかもな」
「うーん・・・」
一乃介に同意するでもなく、千乃介は考え込む様子だった。
― 矢島は早速皆に広めるとか言ってたけど。
「・・・ま、放っとくか」
「は?」
「う、ううん、何でもない」
― 多分、そっちのほうが全然面白いし。
千乃介は罪のない笑顔を一乃介に向けると、何やら楽し気な様子で明日の学校の準備を始めた。一乃介は、急に上機嫌になった千乃介を不思議そうに見つめた。
・・・かくして、狭霧の与り知らないところで、誤解は止めどなく広まっていくのであった。
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