楽屋裏の裏(はみだしっ子)
買ったばかりのテープを手に、グレアムが居間に行くと先客があった。
「あ・・・ごめんなさい、ジャック。お邪魔して」
居間にあるプレーヤーでスローな曲をかけて聴入っていたジャックは、グレアムが入ってきたのに気が付いて目を上げた。
「帰ってたのか」
「うん、さっきね。ジャックだけ?アンジーは?」
この時間にアンジーが居間におらずジャックだけなのは珍しかった。アンジーと聞くと、ジャックは眉をつり上げた。
「ふてて自分の部屋にいる。バカが!大人同士の問題に余計な首を突っ込むからだ」
ここのところ、アンジーがロナルドの家族の問題に関わって何やら画策しているのはグレアムも知っていた。しかし、ジャックのこの口調から察するにどうやら不首尾な結果に終ったらしい。
「そう・・・」
グレアムがそのまま居間を出て行こうとするのを見てジャックが聞いた。
「もう行くのか?何か用があったんじゃないのか」
「うん、プレーヤーを借りようと思って・・・でも、ジャックが聴いているなら後ででも」
ジャックにそう答えてグレアムは部屋を出た。
ジャックとの会話のあと、グレアムは少し考えてから2階のアンジーの部屋に向かった。ドアをノックしたが、返事はなかった。中からかすかに人の話声が聞こえていた。
「アンジー?いるんだろ?入るよ」
そう声を掛けてからグレアムはドアを開けて部屋の中に入った。アンジーは自分の机に向かって頬杖をついて座っていた。グレアムが入ってきたことに気が付いている筈だが、アンジーは振り向こうともしなかった。傍らのテープレコーダーからは、ロナルドの声と華やかな感じのする女性の声が聞こえていた。
丁度読みたかった雑誌がアンジーのベッドの上に置いてあるのが目に入り、グレアムはベッドに腰を下ろすと雑誌を取り上げて頁を捲った。アンジーは相変わらず振り返りも返事をしようともしなかった。
録音されたテープからは、女性の一際華やいだ笑い声が聞こえ、ロナルドの笑い声がそこに重なった。
――つまり、散々かけずり回った挙げ句、得たのはこのテープだけだったって訳か。
穏やかに別れを告げる二人の会話のあと、録音は切れた。自分の思うように事が運ばなかったことでアンジーがふてくされるのも無理はなかったが、この二人の結末に他人が口を差し挟める余地があるとは思えなかった。
再生が終っても、相変わらずアンジーはグレアムに声を掛けようともせず、黙ったままテープを巻き戻し始めた。グレアムも黙ったまま雑誌に目を落としていた。
「・・・このテープをシベールに送ってやる」
やがて、一人言のようにアンジーが言った。グレアムは何も言わなかった。次にアンジーが何を言うか大体予想がついたからだ。
「これっきりだ!金輪際他人の面倒なんかみねェぞ、畜生!」
巻き戻したカセットテープを乱暴に取り出したアンジーがそう叫ぶのを聞いて、グレアムは内心微笑を抑えられなかった。
――とは言っても・・・ねェ、アンジー
表情は変えずにグレアムは用意していた一言を言った。
「やめとけ!それじゃ何も取柄がなくなるぞ」
「慰めになってない!」
グレアムのセリフに、ようやくアンジーが振り向いて叫んだ。
END
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