The off-crop season #1
季節は春から夏へと移り変わろうとしていた。この一年、オフィーリアのところにいるグレアムを見舞う傍ら、自分はシドニーの家に転がり込み、行方不明のサーニンとマックスをひたすら探し続ける毎日をアンジーは送っていた。それは、アンジーがグレアム達に出会って以来、初めて味わう孤独な日々だった。
だが、過ぎゆく季節とともに、そんな時間もようやく終わりを告げようとしていた。
アンジーはシドニーの滞在するホテルを訪ねていた。イーストバリィの屋敷を出て、シドニーが自分のねぐらに選んだのは、都心の名の通ったホテルだった。アンジー自身この一年間、居候としてここを生活の足場とさせてもらっていたのだった。
シドニーが虜囚として閉じ込められていた屋敷を出、この市に居を構えた理由をアンジーは薄々勘づいていた。だが、そのことについてシドニーに尋ねることはしなかった。
シドニーはシドニーで、アンジーがここへ転がり込んだ当初を除いて、必要以上にアンジーに関わろうとはしなかった。シドニーには、アンジーが彼の望みを彼自身で果そうとしていることがよく理解できた。だから、過剰な手助けをアンジーに与えることはしなかった。
シドニーは、アンジーを保護すべき対象ではなく、対等な相手として扱った。シドニーがアンジーを援助するのは、ある計算に基づくものだ。いずれ支払いをすることを求められている。だが、そのことは、アンジーにとって、とても受け入れやすいことだった。見返りなしの善意などそうたやすく転がっているものではないということを、アンジーは少々早すぎる人生の教訓としていた。その一方で、アンジーは、シドニーの中に存在する四人の少年達への好意をもまた信ずることができたのだった。
「・・・それでグレアムの具合はどうだい?」
久しぶりに自分のもとを訪れたアンジーをシドニーは快く部屋に迎え入れた。勝手知ったるという態度でさっさとリビングへ向かい、勧められる前にソファーの一つにどっかと腰を下ろしたアンジーに、シドニーは真先にそう尋ねたのだった。
「おかげさまで、かなり良くなってきたよ。まだ、一人で出歩かせるのは不安だけど・・・オレ達への態度も普通だし、マックスを呼んで、突然叫びだすこともなくなったし」
「そう、それならもう大丈夫だね。良かったじゃないか。おめでとう」
「うん。そうなんだ。もう、すっかり、グレアムはもとのグレアムだよ・・・」
グレアムはもう大丈夫だということをかみしめるように言うアンジーを、シドニーは少し胸を衝かれる思いで眺めた。彼が仲間の他の三人をどれだけ愛しているか、この一年間アンジーにつきあううちに深く理解するようになっていた。傍若無人と紙一重の遠慮会釈のない態度を取っているようで、その実、裏にはめったにお目に掛かることのできないほどの仲間への深い情愛を隠しているのがアンジーという少年だった。だが、年少の二人へ向けられるのとは異なる、もう少し微妙で陰影を孕んだ感情を、グレアムに対しては抱いているようにも感じられた。グレアムに対してだけ、アンジーは、彼らしくもない戸惑いや不安の表情をしばしば見せることに、シドニーは気付いていた。それは、片恋にも似た切なさや、思いの深さを滲ませていた。
シドニーは、キャビネットから琥珀色をした液体を収めたガラス瓶を取り出した。この日のために買い求めておいたものだった。
11歳にして早くも酒豪の才能を現し始めているアンジーは、瓶に貼ってあるラベルに目敏く気付くと、軽い口笛を吹いた。
「それ、マッカラン?ひょっとして18年?」
「当たり。さすが、詳しいね。・・・お祝いだよ」
「お祝い?グレアムの快気祝いかい?」
「うん。それと、アンジーが元気になったのとね」
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