The off-crop season #2
からからとグラスの中で、大粒の氷が音を立てる。赤みを帯びた琥珀色の酒を満たしたグラスを、しかし、アンジーはそれほど味わってはいないようだった。何事かを考えるように、手の中のグラスを弄び、一向に中身は減る様子を見せなかった。
「また考え事かい?」
シドニーの問いかけに顔を上げ、アンジーは少し迷ったような顔をした。が、結局口を開いて、「ちょっとね・・・グレアムのことを」と言った。
「グレアムのことで、まだ何か気になるのかい?」
「うん・・・奴、あの雪山のことで狂っちまっただろう?そのこと自体は、あの状況で、奴のあの体の状態では無理もなかっただろうとは思うんだけど・・・」
「・・・グレアムの症状は、おそらく離人症だと思うよ。離人症は、健康な人でも心身の疲労が極限状態にあったり、精神的に大きなショックを受けたりすれば発症する。まして、グレアムは怪我をしていたんだ。どうにかならないほうがおかしいよ」
「それは分かっている。ただ・・・オレは奴がそうなったとき、直接引き金になったのはなんだろうと思って・・・マックスがあいつを殺したとき、それでもグレアムは、マックスを守ろうと、そのために殺人の罪を自分で被ろうとしていた。オレが奴を殴るまで、グレアムの精神はまともに見えた・・・あんときゃオレ自身も普通の精神状態じゃなかったから、まともと言っては語弊があるかもしれないけど。少なくとも発病しているようには見えなかった。・・・奴の性格からいって、マックスを守らなきゃならないって時に自分が思うように動けないのは、それはひどくショックなことだろうと思うけど、だからって、それがきっかけで狂っちまうとは思えないんだ。それが、腑に落ちなくて」
シドニーは、しばし唖然としてアンジーを見た。アンジーの視点には決定的に欠けているところがあるのだが、本人には本気でそれが見えていないらしい。
溜め息をついて、シドニーは言った。
「・・・僕なら、あの状況で、グレアムが狂わないほうが不思議に思うね。一体、君はグレアムの立場になって、彼の気持ちを考えたことはないのかい?」
え、というようにアンジーはシドニーを見た。シドニーの言いたいことがよく分からないといった顔だった。
「君は、僕があのときあの場所で君を見つけたとき、自分がどういう状態で倒れていたかもう忘れてしまったのか?君は、グレアムを殴り、死体を処理しに彼らから離れたとき、ジョイの拳銃を持っていった・・・そのことの意味をグレアムが気付かなかったとでも?僕は、君を見つけたあと、君の存在を警察や救助隊の目から隠す必要から、グレアム達の所へ行かず、すぐに山を下りた。僕がアルフィーに連絡を取り、君の無事を知らせることができたのは、結局、彼らが病院に収容された後だった」
アンジーは、ぽかんとした表情でシドニーの言葉を聞いていた。シドニーが一旦言葉を切ると、恐る恐るといった様子で口を開いた。
「それじゃ、グレアムは、オレが自殺を図ったと思って、それで・・・?」
「きっかけが何にしろ、君だけじゃない、サーニンもあの状況では死の可能性があったよね。グレアムにとって、何より衝撃だったのは、その二つだったと思うよ」
シドニーの言葉を聞いてアンジーは黙り込んだ。シドニーはアンジーの手の中のグラスを見て言った。
「氷がすっかり溶けてしまったね。グラスをお貸しよ。新しいやつを入れてあげるから」
だが、アンジーは、その言葉が聞こえないかのようだった。突然、シドニーのほうを振り向くと言った。
「ごめん、シドニー。オレ帰らなきゃ。どうしても今すぐグレアムに言いたいことがあるんだ」
「・・・こいつは、次に君が来るときまで飲まずに取っとくよ」
シドニーはたっぷり中身の残ったマッカランの瓶を指で弾くと、笑ってそう答えた。
慌ただしくアンジーがシドニーの部屋を去ってからまもなく、一本の電話が鳴った。
「もしもし・・・やあ、アルフィーかい?ああ、さっきまでアンジーが来てたよ・・・でも、もう帰ったけどね。たぶん、もう僕のところへは帰ってこないよ。・・・寂しいかって?まあね。でも、もうそんな暇もなくなる・・・そうさ、いよいよ例の計画を実行に移す時が来たのさ。あの子たちに関わって伸び伸びになってはいたけど。・・・いや、彼らのことを諦めたわけじゃないよ。そのうちまた機会があれば、考えるさ。けど、当面は僕らだけでやることになるね・・・」
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