The off-crop season #5
グレアムの精神状態を気にして真実を告げないのは、オレの身勝手だろうか。ちくりと良心が痛んだが、アンジーには、本当のことを話して再びグレアムを失ってしまうことへの恐れのほうが強かった。
だが、そんな小さな自責の感情より、グレアムを取り戻したことの喜びのほうが大きかった。いずれ、グレアムには真実を告げなくてはならないだろう。だが、まだ、今はこの喜びに浸っていたかった。長いことアンジーは一人きりだった。この一年間、グレアムのそばにいても、グレアムはアンジーを見てはいなかった。グレアムがアンジーを拒んだわけではない。病気だったのだと言い聞かせはしても、アンジーの存在などまるで感じていないかのようなグレアムの態度は、アンジーを打ちのめした。アンジーへのそんな態度の一方、グレアムは、マックスのことは病気の間でさえずっと追っていた。グレアムが、突然その名を呼んで、やみくもに追いかけるようにするのは常にマックスだった。グレアムにとってマックスは特別な存在なのだ――昔からそうだった。無条件に相手を信頼して心をすっかり預けてしまうマックスを、グレアムは心から愛していた。自らを罪人と断ずるグレアムにとって、マックスの存在は救いそのものだった。だからこそ、グレアムは何があってもマックスを守ろうとするのだ。それが、例えマックス自身の罪からであっても。
自分がグレアムにとってマックス以上の存在になれないことを、アンジーが気に病んでいるわけではない。アンジーにとって、グレアムは、グレアム自身のマックスへの思いも、他の三人を護ろうとするその強靱な意志も、全部ひっくるめて密やかに包み込むことができたらと願う相手だった。だが、あのとき、あの雪山で、一つの死体を目の前にしたとき、アンジーはグレアムがマックスを守ろうとするのを許さなかった。それが自分のエゴだと分かってはいても、グレアムがマックスのために死のうとするのを、どうしても許すことができなかった・・・だが、そうした自分の行動が、結果的にグレアムの心からアンジー自身を抹殺することになったのではないか。そんな疑念が、グレアムの病状が一向に好転しないかのように見える日々、ずっとアンジーの心を苦しめていた。
シドニーの言葉を聞いたとき、だから、アンジーはすぐにはそのことを信じることができなかった。自分の存在がなくなることで、グレアムが精神の均衡を失ってしまうほど傷つくことがあるなどと想像さえしていなかったのだ。
――オレもいい加減バカだな。グレアムのことを言えやしない。
ドアの向こうのグレアムの気配に耳を澄ます。グレアムはまた眠ってしまったようだ。部屋の中はこそりとも音はしなかった。廊下の窓の外を見る。満ち始めた月の光が眩しい。もう、夏は夜のすぐそこまで来ているようだった。
――でも、とりあえず生きているものな。オレもグレアムも。
そう、とりあえずは生きている――そして、オレ達はいつか必ず取り戻す。失ってしまったものも何もかも。
何を失い、何を取り戻したいのか。漠として分からないまま、アンジーは、しかし、何度もその思いを心の中で繰り返した。そのために何をするのか、本当にそんなことができるのか、そんなことは少しも気にならなかった。その夜、明るい月の光が溢れる世界で、グレアムの部屋のドアに凭れて立ち尽くしながら、アンジーの胸は、ただ希望だけに満たされていた。 [end]
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