ダンスの後で(はみだしっ子)
ダンスを終え、アンジーとともにサーニンのいる席に戻ってきたグレアムだったが、戻るなり一気に緊張が解けたように椅子にどさりと座りこんだ。
「だ、大丈夫?グレアム」
慌てたサーニンが心配そうに覗き込んだ。
「ちょっと・・・緊張が緩んで・・・」
息も絶え絶えにぐったりと背もたれにもたれ掛かったグレアムに、サーニンが水の入ったコップを差し出した。
「だらしねェな。これくらいで」
そんなグレアムを、ドレスを着たままのアンジーが腕を組んで見下ろした。
「・・・アンジーが転ぶんじゃないかと気が気じゃなかったんだよ」
サーニンから受け取った水を飲んで一息ついたグレアムが言い訳した。
「オレがそんなドジ踏むかよ」
「女のステップなんか知らないと言ったのはアンジーじゃないか」
「でもちゃんと踊っただろう」
「だからって、急に相手が変わったら驚くよ」
「だから、それはオレのせいじゃないって・・・」
「――そう、なかなかの見物だったわよ。お二人さん」
二人が言い合っていると、後ろからダナの声が聞こえた。
「ダナ!今までどこへ・・・」
振り返って後ろに立っているダナの姿を見つけたグレアムが叫んだ。
アンジーは選手交代とばかりに、
「じゃ、オレは着替えてくる。こんなカッコじゃリッチー相手に立ち回りもできやしねエ。サーニン、手伝えよ」
「う、うん」
サーニンは慌てて座っていた椅子から滑り降りた。少女の姿のアンジーに落ち着かないらしく、ぎくしゃくとした動きでアンジーの後に付いていった。
二人が行ってしまったあと、自分の向かいの席に腰を下ろしたダナに、グレアムは聞きたかったことを問いただした。
「ダナ、何故アンジーにあんな格好をさせてまで代役させたの?」
「挑発には充分だったわよ。あんたたち二人は店中の注目の的だったし、リッチーって子もあんたが妬ましくて、さぞかし地団駄を踏んだでしょうね」
「ダナ!そういうことじゃなくて・・・」
「あの子が寂しがってたからよ」
不意に口調を変えてダナはそう言った。グレアムは言いかけた言葉を飲み込んだ。
「あの子はあんたのことが心配なのよ。誰よりも一番あんたのことを知っていたいのよ。何故、彼にもっとちゃんと話をしてあげないの?」
ダナは、アンジーたちが入っていった控え室のほうを見ながら言った。
「・・・アンジーはいつもボクのすることを心配するんだ」
「え?」
グレアムの呟きが小さすぎて聞き取れずダナは聞き返した。
「分ってる。だけど、ボクはアンジーに・・・」
「グレアム?」
グレアムの言葉が途中で途切れてしまったのを訝しんで、ダナはその顔を見直した。グレアムは笑おうとして上手く笑えず中途半端に止ってしまったような表情をしていた。
だが、グレアムがそんな表情を見せたのは一瞬だった。すぐに屈託のない笑顔を浮かべてみせ、
「アンジーとは、ダナが心配するようなことは何もないよ。それより、ボクをこんなに驚かせたんだから、埋め合わせを期待してるね」
そう言うと、グレアムは立ち上がった。そのまま立ち去ろうとするのを追い掛けて、ダナが聞いた。
「ちょっと、グレアム!埋め合わせって何よ?」
「アンジーたちが戻ってきた。仕上げに行ってくるから、上手くいったらご褒美の件、考え直してよね」
ダナが振り返ってグレアムが指し示した方向を見ると、ドレスを脱いで元の姿に戻ったアンジーとサーニンがこちらへ向かって来るところだった。
そうだったとダナは思い出した。グレアムがいくつもの段階に分けた、手の込んだ計画を立てたのは全てはこの最終局面のため――しかも、それはグレアム自身の身を危険に晒してのものだった。
「グレアム!あんた、ドジ踏んだら絶対許さないわよ!ご褒美が欲しいんだったら、無事戻ってきなさいよ!」
ダナの言葉にグレアムは振り返らずに片手を上げて応えた。
その後ろ姿を見送りながら、ダナは溜め息をついた。グレアムの後を、アンジーたちが追い掛けていった。
――そして、話は原作に戻るのである。
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