The little birds in the green woods #2 (「はみだしっ子」です)
「マックスに聞いたけど、教会の雑用のバイトを増やしたんだって?」
アンジーとグレアムが互いにに別々のバイト先を見つけて働き出した、その何日か経った頃だった。
勤務時間が微妙にずれているため、バイトを始めてから二人は家ですれ違うことが多くなっていた。勢い、互いの近況は家にいるマックスやサーニンを通じて聞くことになる。そうして、わずかに一緒にいられる時間、朝早いバイトから戻ってきたグレアムをつかまえて、アンジーはそう問いかけたのだった。
「うん。午後のバイトが始まるまでの間だけどね」
「なんでまた。バイト料なら十分間に合ってるだろ。第一教会のバイトなんて、なんのお節介を焼かれるかわかったもんじゃねェじゃねーか。学校はどうしたとか、親はいないのかとか」
そう言いながら、アンジーはグレアムのために淹れたコーヒーのカップをキッチンのテーブルの上に置いてやった。グレアムは礼を言って席につくと、カップを手に取った。
「管理人のおばあさんが、あの教会にボクらのことを話したらしいんだよ。病気の母親を抱えて苦労しているらしいって。アンジーの嘘が役立って、そういうことならと学校の件もかなり大目に見てもらえているみたいなんだ。バイトの話も、どうせなら目に届くところでって思惑らしいけど」
「それにしたって、わざわざ引き受けるか?オレの嘘がばれないとも限らねえのに」
アンジーはグレアムの向かいの椅子を引いて腰を下ろしながら言った。グレアムは両手で抱えるようにしてカップに口をつけ、目だけアンジーに向けて答えた。
「用心はしているよ。ボクとしても、しばらくここに居着く以上トラブルは避けたいし・・・」
「お前らしくないな。そんなにしてまで何であの教会にこだわるんだ?」
「教会にこだわっているわけじゃなくて・・・理由は別なんだ。あそこの教会にはピアノがあるんだ、だから」
グレアムの話によると、あの教会には演奏会用のグランドピアノがあるということだった。そのピアノを、昼間教会の雑用をこなしたら、夜の時間は好きに使っていいと約束してもらったのだそうだ。それを聞いて、アンジーはグレアムがバイトを引き受けた理由を理解した。
グレアムにとって重要なのはアルバイト料よりもむしろピアノのほうなのだろう。だから、教会の意図は意図として、そのピアノのためにバイトを引き受けたのだ。
グレアムの父親は著名なピアニストだった。父親を嫌って逃げてきたグレアムではあったが、その父親から物心がつくかつかないかの頃から叩き込まれたというピアノまで遠ざけることはしなかった。むしろ、必然のようにピアノという楽器にのめり込んでいったと言っていい。アンジーたちと放浪生活を始めるようになっても、そこにピアノがあれば、あるいは無くても、グレアムは自発的に練習を続けていた。
他の三人と同様、教会に信仰の対象となる理由を見つけられないでいるグレアムではあったが、それでもしばしばその場所に足を運んできたのは、そこには礼拝や日曜学校、それに教会コンサートで演奏されるためのオルガンがあったからだった。
やがて、コーヒーを飲み干したグレアムはごちそうさまと言って席を立ち上がった。アンジーは一つだけ疑問に思ってグレアムに聞いた。
「おい。ところで教会にもピアノがあるのか?」
「パイプオルガンもあるけどね。ピアノは牧師さんの趣味らしいよ。あそこの教会、よくクラシックのコンサートも開くみたいだしね」
というのがグレアムの返事だった。
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