The little birds in the green woods #6 (「はみだしっ子」です)
「彼のことが特別堪えたわけじゃないよ。ただ、あの一件で、ボクにはボクらの抱える危険が何なのかはっきり見えた気がしたんだ。格別悪い人間という訳ではなくても、親のいない子供なら利用してやろうという気になるんだ。例えば、もっとはっきり悪意を持った人間ならどうなっていただろう。もし相手が本気でボクらを利用しようと用意周到に計略を張り巡らしていたら、彼から逃げたときと同じようにボクらは逃げ果せることができただろうか?・・・それを思ったときボクは本気でぞっとしたよ。そういう、犯罪や悪意に対してボクらは自分たちを守ってくれる何者をも持たない。親や保護者のいる子供に比べてボクらはあまりにも無防備なんだ」
「・・・それは実際そうだとは思うがな。事実、オレたちはその後も何度かヤバい目に合ってる訳だし。けど、そんなのその都度切り抜けていくしかないだろう?悪意を持った人間がどこにいるかなんてオレ達に分かる訳ないんだし、そいつらを避けて移動するなんて無理な話だしな」
アンジーは椅子にもたれ掛かるのを止め、グレアムの正面に座り直すとテーブルに片肘をついてそう言った。グレアムは真っ直ぐにアンジーを見返すと再び口を開いた。
「確かに悪意の所在を事前に察知することなんてできないよね。だけど、ボクらにはサーニンやマックスがいるんだ。保護してくれる大人がいないからといって無防備なままでいる訳にはいかない。・・・それに、犯罪に手を染める者がいつも他者から強制されているとは限らないだろう?自分自身の怠惰がそれを近づけてしまうことだってあるかもしれない。ボクの言う危険の意味にはそのこともあるんだ。大人の強制や支配を受けない代償にその庇護をも与えられないように、規律のない自由にも必ず落とし穴があるんだ。そして自由を束縛し強制することで、否応なく規律をもたらす存在をボクらは持たない。自分たちで自分自身を監視し、何かの規律を設けていくしかないんだ」
「規律ね。まあ、お前の心配も分からないでもないがね。けど、結局、オレたちに親がいないってことのハンディだろう?お前がそれを埋めるつもりなのか?」
言葉とともに鋭く問いかけてくるアンジーの視線をグレアムは両眼で受け止めたが、すぐに視線を逸らせた。だが、それは弱気やはぐらかしのためのものではなかった。アンジーに向けたその横顔は、繊細でありながら意志的な強い線をも持っていた。
「・・・そこまで自惚れるつもりはないよ。ただボクが思うのは・・・いつかサーニンたちが放浪生活から抜け出て社会の中に基盤を持ちたいと思ったときに、過去のボクらのこの生活の何かが障害となってしまうような、そんなことだけには絶対にさせたくないんだ」
一瞬、強い覇気を閃かせてグレアムは言った。思わずアンジーを瞠目させるほどの覇気だった。それは、グレアムがあのクロイツェルの第一楽章を弾くときに見せる気迫と同じものに思えた。
――そうか。そうだったな。お前は“キャプテン”グレアムだったもんな。
知らずとアンジーの唇に微笑が浮かんだ。何故か嬉しそうに笑い出してしまったアンジーにグレアムが怪訝な顔をする。アンジーは何でもないと手を振り、唇を引き締めて真面目な表情を作ると、グレアムに向き直って言った。
「お前の考えはだいたい分かったよ。けどな、あの大学生にあんまり懐いていくなよな」
「え・・・何故?」
「つまりさ、親のいないガキを利用しようと近づいてくるのは、何も金目当ての連中ばかりじゃないってこと」
グレアムはアンジーの言う意味が分からないというように首を傾げた。そのグレアムをちろりと横目で見てからアンジーは言った。
「分かんないか?あの学生は同じ年頃の女より年下の男の子のほうが好きなんだよ」
一瞬ポカンとした表情をしたグレアムは、アンジーの言葉の意味が呑み込めたのか、たちまちその顔を朱に染めた。
「・・・アンジー。勘繰りすぎだよ」
赤くなったのを隠すように片手を顔にやってグレアムは言った。
「ふーん、そうですかね。オレはてっきりそーゆー下心でもある話かと思ったけどね」
「彼はただ親切なだけだよ。・・・第一、何でもかんでもそんな風な目で見るのは失礼じゃないか」
そう言うと、もうこの話はたくさんだというようにグレアムはそっぽを向いた。その頬がまだ赤く染まったままなのを見て、アンジーはどう考えてもこっちの方面は自分のほうが進んでいるよなと思った。大学生から借りた本を平気で読んだりする癖に、下世話な領域の話となると奥手もいいところのグレアムだった。
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