The little birds in the green woods #14 (「はみだしっ子」です)


 窓の外で鳴った風の音でアンジーはうたた寝から目覚めた。自分では起きているつもりだったが、いつのまにかうとうとしていたらしい。傍らのサーニンを見ると、長椅子で横になったまま何やら寝言を呟いていた。病院から借りた毛布が身体の上から落ちかけている。それを直してやりながら壁に掛かった時計を見ると、まだ夜明けまで3時間ほどあった。

 マックスが帰らないと言い出したことで、結局三人とも病院の待合室で夜明かしすることになったのだった。マックスはと思って首を巡らすと、少し離れた椅子の上に座った姿勢のままで頭を垂れているのが目に入った。

「おい、マックス。そんな格好のまま寝るな」

 そう言ってマックスの頭を軽く叩くと、マックスはそのままころんと倒れて椅子の上に転がった。すっかり眠ってしまったらしく安らかな寝息を立てている。しょうがねえなと呟きながらアンジーは借りていた毛布のもう1枚をマックスに掛けてやった。

 サーニンが起きたらマックスを連れてアパートへ帰らせるか。そんなことを考えながらアンジーは待合室を出た。そのまま病院の出口へと向かう。煙草を吸おうとして待合室が禁煙なのに気付いたからだが、煙草を吸っているところを万一夜勤の看護婦にでも見られたら何を言われるか分かったものじゃないと思ったのだ。それでなくても子供ばかりで一向に保護者が姿を現そうとしない四人組を、病院の連中が不審の眼で見ていることにアンジーは気がついていた。

――ここも長くはねェな。

 そうアンジーは独りごちた。意図に反して街を去らねばならなくなるかもしれないとすれば、その原因の一端を結果としてグレアムは作ったことになる。目が覚めたらそのことをグレアムは気に病むかもしれない。そう思ったが、その点についてはアンジーはたいして気にとめなかった。むしろグレアムにはいい薬だという位の気持ちだった。

 急患用の出入口から外に出ると、秋の夜の冷気がアンジーの顔を打った。出入口に続くスロープ脇の階段の途中に腰を下ろす。ポケットの中の煙草を探りながら顔を上向けると深夜の空は降るような満天の星空だった。グレアムを病院に運んだときはまるで気がつかなかった。都心からかなり外れたこの街では空気もずっと澄んでいるのだ。両眼いっぱいに星空を受け止めていると、その冷涼な光に冷やされて頭の隅々までもがクリアになっていくようだった。

 しばらくそうやって眼と頭を冷やした後、星空から目を離すとアンジーは煙草の火を点けた。一口深く吸い込んでからゆっくりと煙を吐き出す。吐く息とともに夜空に白い煙が立ち上っていった。疲れはあったが、しばらくうたた寝したせいか眠くはなかった。

――手ぇ届かなかったな。

 煙草の先の小さな赤い火を見つめるともなく見つめる。空っぽに近い頭の中に、ぽつんとそんな考えが浮かんだ。

 当たり前だ。目の前にはガラス窓があったのだ。だが、そんな言葉もあの時以来繰り返し目蓋に浮かんでくる映像を止める手助けにはならなかった。アンジーのすぐ目の前でゆっくりとグレアムが倒れる、スローモーションのような光景。そんなものを現実に見るのはごめんだ。そうアンジーは思った。どんな状況であれ、すぐ近くにいるのに伸ばした手がグレアムに届かない。支えることができない。そんな気分を味わうのはもう二度とごめんだった。それは激しさとは無縁の、むしろ悲哀を伴った寂寥感にも似た心情だった。


13th hour garden

表のブログ“Nowhere Garden”には載せない記事のために新たに開設した裏のブログです。 サイト名はPhilippa Pearceの“Tom's Midnight garden”にちなんだもの。真夜中の13時に時を打つgrandfather clockからつけました。 表も裏もどちらのサイト名も、存在しない庭という意味では同じになります。

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