The little birds in the green woods #17 (「はみだしっ子」です)
「でも、良かったよ・・・ボク、ホントにびっくりしちゃたんだ。グレアムが倒れたって聞いたとき」
その言葉にグレアムははっとしてサーニンの顔を見返した。
「・・・ごめんね。心配かけて」
サーニンは慌てたように手を振って、
「ううん、いいんだ、ボクのことは。グレアム、結局何ともなかったんだし・・・それに、たぶん一番心配してたのアンジーじゃないかなあ」
「え・・・?」
グレアムに訝しげな視線を向けられてサーニンは少しどぎまぎしたように口ごもった。
「だって・・・ボク、そうじゃないかなって・・・そりゃ、マックスもいっぱい泣いてたけど・・・でも、グレアムが倒れたって聞いて、病院で先生の診察が終わるのを待ってたとき、アンジーその間中ずっと物も言わないで真っ直ぐ前をにらむようにしてて・・・ボク、あんなアンジー初めて見たんだ。だから」
「・・・そう。そうだったの・・・」
サーニンの言葉にグレアムは睫毛を伏せ視線を落として呟いた。黙り込んでしまったグレアムを見て、サーニンは慌ててとりなすように言った。
「でも、もう大丈夫だよ。グレアム、大したことなかったんだし。アンジーだって、さっきあんなに元気だったし」
「うん、そうだね。・・・ありがとう、サーニン」
グレアムにお礼を言われるとサーニンは嬉しそうに笑った。
「ねえ、グレアム。もう、すぐに退院できるの?」
「そうだね・・・たぶん、あと一回診察を受けなきゃいけないと思うけど。・・・そうだ、サーニン、悪いけど看護婦さん呼んできてくれる?ボクもう退院したいからって」
「うん、分かった!ボク呼んでくるよ!」
そう言って元気よくサーニンは駆け出していった。ベッドの上からその姿を見送り、グレアムは微笑んだ。だが、グレアムの心にはさっきのサーニンの言葉が引っかかったままだった。
――一番心配してたの、アンジーじゃないかなあ。
サーニンは口下手だが、その分物事の本質を真っ直ぐ掴み取ることができる。サーニンの言葉は、だからいつも真実を言い当てている。
グレアムはアンジーのことを考えた。陽気な皮肉ととっぴな冗談で周囲を煙に巻いて、自分の本当の気持ちを容易に見せようとしない。仲間への愛情表現も憎まれ口のスパイスを思い切り利かせたその上に、手痛いスキンシップのおまけがついてくる。
その癖、他人が他の三人のうち誰か一人にでも手出ししようものなら、真っ先に相手に噛み付いていき自分のことなどまるで顧みない。それがグレアムの知るアンジーという人間だった。
だが、グレアムはいつの頃からかアンジーが自分に向けてくるある一つの眼差しに気付くようになっていた。愛情や信頼を漂わせた、けれどどこか心配げな、こちらを探ってくるかのような眼差し。それは、グレアムがアンジーについてそうと知っていたより、ずっと大人びた視線だった。
だが、グレアムを一番戸惑わせたのは、切なささえ帯びているようなその視線の優しさだった。
――いつから
いつからアンジーはこんな視線を持つようになったのだろう。
少し前、夜遅くまで起きて読書をしていたグレアムに、さりげない気遣いを投げかけてきたときもそうだった。
そして今度もまた、アンジーはそのときと同じように少し引いた位置から視線を送ってきていた。己の心配や不安を直接グレアムにぶつけようとは決してしないのに、何故かずっと雄弁にアンジーの気持ちを伝えてくる眼差しで、いつもアンジーはグレアムを見つめてくる。このときもまた、グレアムはアンジーのその眼差しを痛いほど感じていたのだった。
――アンジー。お前、いつも人のことを不器用だって笑うけど、お前だって相当不器用だぞ。
心の中でアンジーにそう呟いてみる。何故だか胸が苦しいような気がしてグレアムは息を少し深く吸ってみた。少し心に重たいような、それでいて息が詰まるほどの幸福感を感じさせる何か。自分が感じている未知の感情にグレアムは戸惑った。そんな気持ちから逃れたくなって、グレアムは病室のベッドの脇にある窓から空を見上げた。
そこには晴れた朝の秋の空が柔らかい青さで輝いていた。見つめているとどこまでも気持ちが広がっていくかのような青く広い空――心をからっぽにしたら、どんどん身体が軽くなって、やがて身体ごと吸い込まれてしまうのじゃないか。そんな錯覚さえ覚えた。
――護りたい。
心にぽっかりとそんな言葉が浮かんだ。
――護りたい。誰にも手出しはさせない。
ドアの向こうでパタパタと足音がする。跳ねるように近づいてくるその音はサーニンのものだ。一緒に別の足音が二つ、少し遅れてついてくる。
――二度と同じ失策はしない。
グレアムは微かな微笑みを浮かべると、窓から目を戻してサーニンがドアを開けて入ってくるのを待った。
[end]
0コメント